連載 看護と介護 15の物語 ⑧

2017-03-30

有料老人ホームでの看取り ~その人らしさに寄り添って~

健生弘前ホームあじさい 小野 富士子

Sさんとの出会い

3年前、市内の療養型病院の病室でSさんに出会いました。入居申し込みされていたため、ケアマネージャーと一緒に伺った面会の場でした。少し薄暗い4人部屋で、入ってすぐ右のベッドで横になっておられました。痩せこけた真っ青な顔色で険しい表情をしており、話しかけても返事をしてくれませんでした。病室内にあるトイレからは悪臭が漂っており、ベッド脇にはマットコールのマットが敷かれていました。床頭台にはコップと歯ブラシ、それと毎日12、13回ほどの排泄チェックがされている「排泄チェック表」が上がっていました。備えているテレビは、見ている形跡はなくベッド上でほぼ寝たきりの毎日だったようで、寂しい入院生活の状況がうかがえました。

入居までの経過

Sさんは、国家公務員として奥さんと県内を転々としていましたが、定年後に長男宅に引っ越しをして同居を始めました。元々病院嫌いでしたが、ある年の5月頃から傾眠傾向が続き、食欲不振と下血がみられたためにやっと開業医の往診を受けました。検査の結果からN病院を紹介されて、「直腸癌」と診断されました。下血からくる強度の貧血に対し輸血を実施され、「余命1か月、次に大きな出血があればどうなるか分からない」と主治医から説明されたそうです。しかし、癌による痛みの訴えや内服薬もなく、輸血後に病状も落ち着きました。

入院中は、認知症状があるため他患者のベッドに横になっていたり、コミュニケーションも困難のようでした。また暴力はないものの怒りっぽく、威嚇する事もあり声掛けに配慮が必要という情報がありました。約5か月間の入院で、病院側から治療は終了しているため退院先を探すように言われて、長男と奥さんから入居申し込みがされました。

入居後の経過

1階に入居していただき、初回の内科往診では、妻と長男夫婦が同席の中で医師の質問にもキビキビと返答していて、会話も弾んでいました。家族からは、蘇生術を行わない確認書の同意がありました。訪問看護ステーションより、出血量が増えたり意識状態が悪化した時は連絡をするという事を確認しました。下血についてはあまり口にすることはなかったのですが、常に汚染されている肛門部周囲の皮膚や肛門の疼痛の訴えがあり、指示の外用薬の塗布を行っていました。ご家族には、椅子に敷くクッションの準備をしていただきました。昼夜問わず施設内を歩き回ったり、時には他の居室のトイレやソファーに座っていたりと、入居者様を驚かせる事もありました。使用した便器は、血の塊や血液で真っ赤になっていることも多く、生臭さが残っていました。身体的な変化に対しては、訪問看護師に報告をして指示を受けたり、訪問時に対応してもらったりして連携を図っていました。徘徊の理由としては、妻をさがしたり、帰宅願望、食べ物さがしがほとんどでした。夜間、音もなく職員通路から事務室に来られて、椅子に座っていることもありました。常に「腹減った。腹減った。何か食うものないか。」と食事を食べた後も廊下や、他の居室を訪問したりと歩き回っていました。給食課には、直腸癌による通過障害のためにミキサー食を依頼していました。そこで妻に協力していただき、実の入っていないゼリーやチョコレート、タマゴボーロの購入をお願いしました。食べた後は満足されて少し落ち着き、穏やかな表情をされていました。

また、入浴が大変でした。「入院中は2週間に1回がやっとでした」という申し送りがありました。入居後は、ヘルパーからの勧めを断り続けていましたが、9日目に初シャワー、その3週間後に特殊浴に入っていただきました。その後は、ほぼ定期的に入浴ができて清潔の保持に努めることができました。無理な誘いはせず、ホームに徐々に慣れていただきながら上手に誘導することができた介護の関わりは素晴らしいと思いました。

2週間毎の内科往診では、ホームでの生活状況、食事摂取量、下血等の身体的な状況を報告して医師から指示を受けていました。緊急時の相談窓口や、訪問看護師の処置の指示など、職員は安心してケアができました。

家族との交流

妻は、自分の買い物後にタクシーでほぼ毎日通ってきてくれました。買った物は、本人に見られると食べたがるのでと事務室に預かり、居室で2人で過ごしていました。妻からは、「私を見ると怒るんだ。今までも言葉はキツイけど、根はやさしい人なんだ。」と話され、居室に入ったり廊下に出たり、様子を見ながら夫婦の時間を過ごしていました。

ある時、食堂で時折話しをしながら2時間ほど過ごされました。妻が帰ったあと、さっき話をしていた人は誰なのか問うと「家族だべな。」という返答がありました。言葉ではキツイ事を発しているのですが、やはり長い人生寄り添い共に歩んできた伴侶は宝物なのだと思いました。また、妻は職員との会話も楽しまれ、ホームあじさいの行事にも積極的に参加してくれました。クリスマス会では、だんな様という歌を披露してくださり、心を込めて歌った、私の大事なだんな様 という歌詞がとても印象深かったです。

長男夫婦も定期的に面会に来られて、日常生活の状況を話しやすい雰囲気でした。家族と職員の交流は、ケアマネージャーとも協力しながらうまく保たれていたと思います。

入居後3か月経過した頃、長男より「特養に入居させたいので申し込んできた」と報告を受けました。申し込みから4か月後に特養から入所の確認がありましたが、「あじさいで最期を迎えたい」という家族の意向で取り下げられました。

ホームでの生活に対する安心感と職員への信頼ができてきた事が、大きな要因だと思います。

看取りまで

クリスマスも過ぎた頃、ベッド上で寝たきりの状態になり、主治医とご家族と最期の看取り方について確認されました。意識がはっきりしない中、空腹の訴えのみだったのが「かねー、あどいいー」と食事を拒否する発語がありました。翌日から努力様呼吸、肩呼吸となり、2日後の元旦の明け方に妻に看取られ静かに息を引き取りました。余命1か月と告知されてから1年8か月が経っていました。

84年間のご本人の生き方を家族の会話から汲み取り、可能な限り応えていこうという職員の想いが、妻との共有時間を見守り、徘徊行動を遮らず食に対する希望を受け止めるなどの対応に繋がったと思います。

ご家族との再会

あじさいを退去されてから約2年経過し、ちょうど体験談をまとめていた頃偶然スーパーで買い物中の長男夫婦にお会いしました。長男夫婦は入居中の事を懐かしんで、とても感謝され「良い最期でした。お世話になりました。今度は母親が認知っぽくなってきてお世話になるかもしれません。その時は、またよろしくお願いします。」と笑いながら話されていました。

最後に

当ホームは、介護サービスを利用しながら居室で生活を継続することができる住宅型有料老人ホームです。

入居者様が自分らしく生きていくことができるように、職員一同これからも寄り添える介護を実践したいと思います。


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