後輩たちに伝えたい看護
~ 肺癌末期の患者様との外出で感じた終末期のありかた ~

健生病院(弘前市)・3階北病棟 山内 純子

早いものでこの病院に就職して四半世紀の月日が流れました。忙しい日常の業務に追われ、余り自分自身の成長もないままあっという間に日々が過ぎてしまったような気がします。自分でなりたくて選んだ看護師という職業ですが、やはり夢と現実のギャップは大きく、その狭間で悩んだことも多々ありました。自分は看護師に向いていないのではないかと思ったことも1度や2度ではありません。そんな私も先輩看護師をはじめとする病院スタッフの皆様や患者様、その家族の方々との出会いや別れのなかで様々なことを学び、支えられて今日まで働き続けることができました。

忘れられない患者様との出会い

その中でも忘れられない患者様との出会いがありました。それが肺癌末期と診断された60代男性のNさんでした。Nさんはもともと弘前の生まれですが、通年型の出稼ぎでずっと東京方面で働いており、もう何年も帰省していませんでした。結婚もしていたのですが離婚して一人暮らしをしており、体を壊して故郷の弘前に戻ってきたのです。当病院を受診した時には、すでに肺癌は進行しており、緩和ケアしか行えないような状況でした。Nさんも自分の病気の深刻さを察しており、最後を迎える場所として弘前に戻ってきたのかも知れません。幸い弘前にはNさんの姉が住んでおり、Nさんのキーパーソンになってくれ、見舞いにも度々来院してくれました。Nさんは自分の病状も余命も静かに受け止めていましたが、そんな彼がぽつりと言った一言があったのです。「弘前公園の桜が見たいなあ。」聞けば弘前公園の桜は大好きで、住んでいた頃はよく見に行っていたのに、このところは何年もずっと見ていないとのことでした。

それは寡黙なNさんが初めて漏らした願望でした。

Nさんの最後の望み 外出を目指して

Nさんの病状はかなり厳しいものでしたが、彼の最後の願いを何とか叶えたいと、主治医や看護スタッフで話し合い、外出を計画することにしたのです。病状の進行に伴う呼吸不全で、少し動くだけで呼吸苦や息切れが出現するため、酸素ボンベを持っての外出となりました。外出には担当看護師であった私ともう一人の看護師、そして姉が付き添うことになりました。最初は車椅子での外出予定でしたが、Nさんには長時間座位を取り続ける体力がなく、急遽リクライニングの車椅子に変更することになりました。リクライニングの車椅子でもやや苦しそうなNさんの表情を見て、私はこのまま外出することがNさんにとって本当に良いことなのか不安が募りました。それでも出かけたいというNさんの意思を尊重し、外出を強行することにしたのです。

外出でのNさんの様子

あいにく当日は小雨が降ったり止んだりで肌寒く、公園内の桜もあまり咲いてはいなかったのですが、Nさんはそれでも嬉しそうに公園の景色を眺めていました。公園内をぐるりと散歩しながら、Nさんと姉は思い出話に花をさかせていました。桜の咲いている場所で写真を撮ったのですが、Nさんは顔を覆っていたマスクや鼻カテを自ら外し、穏やかな表情で写真におさまっていました。わずか2時間ほどの外出でしたが、帰院してからNさんより「ありがとう。いい思い出になったよ。」と感謝の言葉を頂き、私にとっても忘れられない出来事となりました。

Nさんの最後を看取って感じた事

その外出から2週間も経たずにNさんは亡くなられましたが、本当に安らかな顔で旅立たれたのが印象的でした。Nさんの症状から外出前は、本当に外出して良いのか、Nさんの余命を縮めることになるのではないかと私も自分の中で葛藤しました。しかし帰院後のNさんの感謝の言葉や、その後の穏やかなNさんの最期は、私にひとつの答えを与えてくれた気がします。余命を1日でも引き延ばすことよりも、残された時間をどう生きるか、その中で何が出来るかを教えてもらった症例でした。

終末期のあり方~私たちに出来ることとは

日常業務の中でも、生と死に対する人間の尊厳という問題に度々ぶつかることがあります。特に終末期の患者様の場合、どのようにその人らしい最期を迎えてもらうかは難しい問題であり、私の中でもはっきりとした答えを出すことが出来ません。本人と家族の間でその考え方に温度差があったり、家族の中でも考え方が違って意見がぶつかり合うケースも珍しくはありません。日常業務に追われ忙しく働いている皆さんも、きっと同じような悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。患者様には個々に背負ってきたこれまでの人生があり、それによって余命に対する思いも様々です。そして患者様と同じように家族の方々も一緒に悩み、苦しみながら寄り添っています。どのように終末期を過ごしてもらうかは様々な思いや考え方があり、きっと正解はないのでしょう。

その中で私たちに何が出来るかを考えた時、無力感に苛まされることの方が多いような気がしてなりません。ただ患者様やご家族とその思いを共有し、少しでも後悔のない、満足感が得られるような終末期を過ごすことが出来るよう、私たちも微力ながらお手伝いできればと思っています。

※『看護と介護 15の物語』が冊子になります。乞うご期待!

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