Archive for the ‘医療・介護・共同組織’ Category

連載 看護と介護 15の物語 ⑨

2017-04-14

ショートステイでの看取り

ショートステイやすかた(青森市) 職員一同

青森駅の近くにある「ショートステイやすかた」は6階建のビルの中にあります。4階・5階・6階のフローアーに分かれて、34床あります。1階には「安方クリニック」があり、併設型の短期入所生活介護です。

私たちは、「人間らしく、その人らしく生きていくこと」を援助しています。その取り組みの1つである「看取り」について報告します。

初めてのショート利用

A様は、平成28年X月に当ショートステイを初回利用された。デイサービス、ショートステイを利用しながら、在宅で生活されていました。当初は二泊三日の利用を月1回程度の利用でしたが、認知症の進行による為なのか、夜間に車庫の階段を昇る、外に出たりなどと、家族の介護負担が大きくなりました。初回利用から1年くらい利用されてからの事でした。その為か、ショートを月の半分くらい利用されるようになりました。

その当時のA様のADL状況は、移動は車イスを利用されていたものの、一部介助で歩行可能であり、食事は自力で食べられていました。排泄も失敗は多いものの、介助にてトイレでも排泄されていました。ただ、認知症および失語あり、意思疎通はなかなか難しい様子でした。ただ温厚な人柄で怒る事もほとんどありませんでした。A様は、ちょっとスタッフが目を離したスキに衣服を脱いで、裸になってしまう事もありました。

家族の希望

平成28年6月頃より、認知症の進行の為か自力で食事が食べられなくなり、介助しなければ食べられないような様子でした。介助しても傾眠されており、うまく食事を食べられず、7月頃には1日の大半を眠って過ごされるような状況となりました。

「自宅での介護が困難である。」と家族から言われ、家族と医師と面談した結果、家族の希望により「ショートでの看取り」を行う事となりました。

雲のごとく

ある日の7月。雲。早くおそく、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひと時も同じ姿を保ってはいない。
崩れるが如く崩れざるが如く、一瞬一瞬その形を変えて、青い夏の空の中ほどを、さまざまに流れてゆく。
これはまさに、人の心、人のさだめに似ていると思う。人の心は日に日に変わっていきます。そして、人の境遇もまた、昨日と今日は同じではない。明暗さまざまに織りなして、刻々に移りゆく人の世のさだめに、人は喜びもし、嘆きもします。人の世は雲の流れの如く刻々に移りかわります。(道をひらく 松下 幸之助より抜粋)

ショートステイでの看取り

ショートステイでの看取りは、自宅へ戻る事のできないショートステイ利用者様・ご家族がショートステイでの看取りを希望された方です。

【目的】

  • 生活の場として自然な死を迎える事
  • その人らしく最期まで、穏やかに暮らせる生活支援
  • 利用者・ご家族が安心してその時を迎えられる

以上を目的に取り組んでいます。

そして以下の事が最も重要な事だと思います。

  • 家族との信頼関係が最も重要
  • 職場環境の整備 → 家族が望む事に応える
  • 他職等の連携  → ケアマネ・医師・医事課

職場のスタッフに「看取り」の学習会を行いました。

はじめて体験するスタッフもいます。戸惑いを隠せないスタッフも中にはいました。

旅立ちが近づく頃

医師から今の現状を家族へ報告してもらい、家族は「ショートステイで静かに・・・」お願いしたいとの事。
医師の説明後に、家族から「看取りの同意書」にサインをいただきました。
面会時に責任者から、「看取りのパンフレット」(家でもだいじょうぶ~あなたが願うなら~)を使用して、旅立ちまでの体の変化、症状などについて説明も行いました。
A様は看取りの方向が決まった頃には、まったく食事がとれなくなり、内服も中止しました。家族の希望で1日1回の点滴を行いました。
家族は毎日、面会に来て眠っているお父さんに思い出をいっぱい話していました。
私達は、家族に今日の状態を話し、旅立ちが近づいて来ている事を看取りパンフレットを見ながら説明しました。
日が経つに連れ、血圧の低下や呼吸数の減少があり、ほぼ一日中眠っているような様子でした。

旅立ちの日

ご家族が午前中面会あり、「じぃ~ちゃん、起きて」「じぃ~ちゃん、お疲れさま」と手を握っていました。
その日の夕方眠るように、息をひきとりました。とっても穏やかな、お顔でした。ご家族は「お疲れ様でした」と話し、ゆっくりお別れをしていました。

最後に

雲のごとく、人の心は日に日に変わり、人の世は雲の流れの如く刻々に移りかわるので、利用者・ご家族のニーズに耳を傾け、できる限りの事を悔いのないように努めていきたいと思います。また、利用者・ご家族が最期まで望むなら、私たちは全力でそのお手伝いをさせて頂きます。
今後も、一事例を振り返りながら、社会的背景、利用者・ご家族・地域のニーズ等考慮し、時代に求められる、より質の高い看取り介護を提供していきたいと思っています。

連載 看護と介護 15の物語 ⑧

2017-03-30

有料老人ホームでの看取り ~その人らしさに寄り添って~

健生弘前ホームあじさい 小野 富士子

Sさんとの出会い

3年前、市内の療養型病院の病室でSさんに出会いました。入居申し込みされていたため、ケアマネージャーと一緒に伺った面会の場でした。少し薄暗い4人部屋で、入ってすぐ右のベッドで横になっておられました。痩せこけた真っ青な顔色で険しい表情をしており、話しかけても返事をしてくれませんでした。病室内にあるトイレからは悪臭が漂っており、ベッド脇にはマットコールのマットが敷かれていました。床頭台にはコップと歯ブラシ、それと毎日12、13回ほどの排泄チェックがされている「排泄チェック表」が上がっていました。備えているテレビは、見ている形跡はなくベッド上でほぼ寝たきりの毎日だったようで、寂しい入院生活の状況がうかがえました。

入居までの経過

Sさんは、国家公務員として奥さんと県内を転々としていましたが、定年後に長男宅に引っ越しをして同居を始めました。元々病院嫌いでしたが、ある年の5月頃から傾眠傾向が続き、食欲不振と下血がみられたためにやっと開業医の往診を受けました。検査の結果からN病院を紹介されて、「直腸癌」と診断されました。下血からくる強度の貧血に対し輸血を実施され、「余命1か月、次に大きな出血があればどうなるか分からない」と主治医から説明されたそうです。しかし、癌による痛みの訴えや内服薬もなく、輸血後に病状も落ち着きました。

入院中は、認知症状があるため他患者のベッドに横になっていたり、コミュニケーションも困難のようでした。また暴力はないものの怒りっぽく、威嚇する事もあり声掛けに配慮が必要という情報がありました。約5か月間の入院で、病院側から治療は終了しているため退院先を探すように言われて、長男と奥さんから入居申し込みがされました。

入居後の経過

1階に入居していただき、初回の内科往診では、妻と長男夫婦が同席の中で医師の質問にもキビキビと返答していて、会話も弾んでいました。家族からは、蘇生術を行わない確認書の同意がありました。訪問看護ステーションより、出血量が増えたり意識状態が悪化した時は連絡をするという事を確認しました。下血についてはあまり口にすることはなかったのですが、常に汚染されている肛門部周囲の皮膚や肛門の疼痛の訴えがあり、指示の外用薬の塗布を行っていました。ご家族には、椅子に敷くクッションの準備をしていただきました。昼夜問わず施設内を歩き回ったり、時には他の居室のトイレやソファーに座っていたりと、入居者様を驚かせる事もありました。使用した便器は、血の塊や血液で真っ赤になっていることも多く、生臭さが残っていました。身体的な変化に対しては、訪問看護師に報告をして指示を受けたり、訪問時に対応してもらったりして連携を図っていました。徘徊の理由としては、妻をさがしたり、帰宅願望、食べ物さがしがほとんどでした。夜間、音もなく職員通路から事務室に来られて、椅子に座っていることもありました。常に「腹減った。腹減った。何か食うものないか。」と食事を食べた後も廊下や、他の居室を訪問したりと歩き回っていました。給食課には、直腸癌による通過障害のためにミキサー食を依頼していました。そこで妻に協力していただき、実の入っていないゼリーやチョコレート、タマゴボーロの購入をお願いしました。食べた後は満足されて少し落ち着き、穏やかな表情をされていました。

また、入浴が大変でした。「入院中は2週間に1回がやっとでした」という申し送りがありました。入居後は、ヘルパーからの勧めを断り続けていましたが、9日目に初シャワー、その3週間後に特殊浴に入っていただきました。その後は、ほぼ定期的に入浴ができて清潔の保持に努めることができました。無理な誘いはせず、ホームに徐々に慣れていただきながら上手に誘導することができた介護の関わりは素晴らしいと思いました。

2週間毎の内科往診では、ホームでの生活状況、食事摂取量、下血等の身体的な状況を報告して医師から指示を受けていました。緊急時の相談窓口や、訪問看護師の処置の指示など、職員は安心してケアができました。

家族との交流

妻は、自分の買い物後にタクシーでほぼ毎日通ってきてくれました。買った物は、本人に見られると食べたがるのでと事務室に預かり、居室で2人で過ごしていました。妻からは、「私を見ると怒るんだ。今までも言葉はキツイけど、根はやさしい人なんだ。」と話され、居室に入ったり廊下に出たり、様子を見ながら夫婦の時間を過ごしていました。

ある時、食堂で時折話しをしながら2時間ほど過ごされました。妻が帰ったあと、さっき話をしていた人は誰なのか問うと「家族だべな。」という返答がありました。言葉ではキツイ事を発しているのですが、やはり長い人生寄り添い共に歩んできた伴侶は宝物なのだと思いました。また、妻は職員との会話も楽しまれ、ホームあじさいの行事にも積極的に参加してくれました。クリスマス会では、だんな様という歌を披露してくださり、心を込めて歌った、私の大事なだんな様 という歌詞がとても印象深かったです。

長男夫婦も定期的に面会に来られて、日常生活の状況を話しやすい雰囲気でした。家族と職員の交流は、ケアマネージャーとも協力しながらうまく保たれていたと思います。

入居後3か月経過した頃、長男より「特養に入居させたいので申し込んできた」と報告を受けました。申し込みから4か月後に特養から入所の確認がありましたが、「あじさいで最期を迎えたい」という家族の意向で取り下げられました。

ホームでの生活に対する安心感と職員への信頼ができてきた事が、大きな要因だと思います。

看取りまで

クリスマスも過ぎた頃、ベッド上で寝たきりの状態になり、主治医とご家族と最期の看取り方について確認されました。意識がはっきりしない中、空腹の訴えのみだったのが「かねー、あどいいー」と食事を拒否する発語がありました。翌日から努力様呼吸、肩呼吸となり、2日後の元旦の明け方に妻に看取られ静かに息を引き取りました。余命1か月と告知されてから1年8か月が経っていました。

84年間のご本人の生き方を家族の会話から汲み取り、可能な限り応えていこうという職員の想いが、妻との共有時間を見守り、徘徊行動を遮らず食に対する希望を受け止めるなどの対応に繋がったと思います。

ご家族との再会

あじさいを退去されてから約2年経過し、ちょうど体験談をまとめていた頃偶然スーパーで買い物中の長男夫婦にお会いしました。長男夫婦は入居中の事を懐かしんで、とても感謝され「良い最期でした。お世話になりました。今度は母親が認知っぽくなってきてお世話になるかもしれません。その時は、またよろしくお願いします。」と笑いながら話されていました。

最後に

当ホームは、介護サービスを利用しながら居室で生活を継続することができる住宅型有料老人ホームです。

入居者様が自分らしく生きていくことができるように、職員一同これからも寄り添える介護を実践したいと思います。

連載 看護と介護 15の物語 ⑦

2017-03-22

在宅看取りを援助し、ご家族と一緒に学び得たもの

健生訪問看護ステーションたまち(弘前市) 看護師 木村 美香

在宅生活までの経過

Aさんは87歳男性。平成27年4月に食道癌の診断をうけ放射線治療を行っていた。一時は癌が縮小されるが半年後、経口摂取が困難となり癌の再発が発見される。同年冬、S状結腸憩室穿孔による腹膜炎を併発しストーマと腸瘻を造設する。その段階で予後は半年と宣告される。術後、リハビリ加療を続け、短距離であれば見守り独歩可能となるまで回復した。Aさんの強い希望にて平成28年3月に自宅に退院となった。退院後は往診を受け訪問看護とデイサービスを利用することとなった。担当セラピストからはAさんは疲労感が強いのでデイサービスは無理ではないか?という意見もあったがAさんは重度の認知症の妻と60歳の娘さんの3人暮らしであり、娘さん以外は2人を介護するのはいない状況であった。私は在宅介護の継続には娘さんの休息時間を確保することが一番大事だと考え、デイサービスの利用を勧めた。往診医の後押しもあり入浴以外は無理せず過ごすメニューで週1回利用することになった。娘さんも「そうしてもらえるとうれしいです」と笑顔で答え利用することとなった。

調整会議での娘さんの表情から不安と緊張が私にもひしひしと伝わってきていた。「最期を家で看るのは無理です。そのときは病院に入院させてください。」と、はっきり何度か訴えていた。「何かあったら一番にたまちに電話してくださいね。どんなささいなことでもかまいませんからね。24時間いつでも大丈夫ですからね。」私は娘さんの不安と緊張が解消されるように優しく語りかけた。そして5日後、Aさんの在宅生活がスタートした。

家族と共に過ごした時間

入院中はほとんど発語がなく表情も固い印象であったAさんも家での表情は穏やかで私たちにたくさんお話しをしてくださり、その変化にはじめは少し驚いた。娘さんは「家に帰ってきたら嬉しそうにしていますよ。いつもの父に戻った感じです。」そして娘さんは毎日トイレへの付き添い介助、経腸栄養の管理を続けていた。速度が速く落ちてしまって下痢をしたり、遅すぎて滴下が止まっていたりといった感じだった。その間、認知症の母のお世話もしていた。娘さんに「大丈夫?疲れていない?無理しなくていいんですよ。」と訪問のたびに声を掛けた。「たまちさんが来てくれるから安心しているの。だから大丈夫ですよ。私も父も訪問に来てくれる日がとても待ち遠しいのよ。」と笑顔を見せた。その会話を聞きながらAさんもうなずき微笑んでいた。

娘さんの決断

在宅での生活も5ヵ月を過ぎた8月上旬、胸部から腹部の疼痛、そして全身の倦怠感を訴えるようになり投薬治療をしていた。その間、娘さんはほとんど休息できず疲労もピークになっていた。Aさんは症状が改善されず疼痛コントロール目的にて再入院となった。9月上旬再び自宅へ退院された。しかしAさんは以前のような元気はなく、数日後からさらに状態は悪化した。体動のたびに疼痛があり、強い痛み止めが処方された。そのため傾眠がちでいることが多くなったが、うわ言のように「痛い、痛い」と娘さんの名前を呼び患部をさするとまた静かに眠り始めた。「こうすればいいんですね。やってみます。」と娘さんもAさんの体をさすっていた。しかし再び状態が悪化し、痛み止めの量もだいぶ増量となった。確実に最期の時は近づいていた。いよいよとなった時に往診は翌日でないと体制がとれない状況で、悩んだ娘さんは入院を希望した。しかしベットの依頼をしたが空床がなく当日の入院は困難で、外来のベットで待機してもらう選択しかなかった。外来のベットでは認知症の妻も同伴しなければいけなかった。私は訪問時間を延長し娘さんに状況を伝えた。娘さんはこの数ヶ月で見違えるくらいたくましくなっていた。そして説明にも冷静な態度であった。私は説明しながら、今までこんなに頑張って介護してきた娘さんなんだから、何かあってもこのまま家で看とれると判断をした。今後起こりうる呼吸や意識の変化など看取りについて理解できるように繰り返し説明をし支援した。「明日は先生も往診してくれるし、このまま家で頑張ってみませんか?何かあったらいつものようにたまちに電話してください。もしかすると見たときに息をしていないかもしれません。そんなときも慌てずにたまちですよ。」と話した。するとすぐに「外来にいるよりだったら家にいます。母も連れて行かなきゃならいので母もかわいそうですから。たまちさんがいるから安心です。」と娘さんは決断をくだした。そうしてこのまま自宅で経過を見守ることとなった。

最期のとき

翌朝たまちの電話が鳴った。Aさんの娘さんからだった。「息をしていないようです。脈もわからないんです。私がわからないだけかもしれないです。どうしたらいいんでしょう?」私は「今すぐ訪問しますから待っていてください。」と伝え訪問した。私は部屋に入り、ベットの横に立ちすくみ泣いている娘さんの背中をさすった。妻は状況が分からない様子で私を笑顔で迎え入れていた。いつも訪問すると妻は笑顔で大笑いしたり歌を歌ったりと場を和ませてくれる人であったが今日はその笑顔がなんだか悲しくもあり優しい時間が流れた気がした。

「日中はあんなに痛みを訴えていたのに昨夜から痛がらず静かに眠っていました。最期は苦しまず亡くなった感じです。」「そうですね。苦しまないでよかったです。今にも起きそうな眠っているような穏やかなお顔ですね。Aさんの希望通り家で最期を迎えられて本当に幸せだと思います。」

「私もそう思います。ありがとう。」Aさんは最期は苦しむことなく穏やかな表情で家族に看取られご自宅で永眠された。

娘さんからのメッセージ

3週間後、娘さんが私たちの事務所を訪れてくれた。少しやせた印象だったが、表情は明るく会話の中から自宅で介護し看取った達成感が感じられた。帰り際に1通のお手紙をいただいた。

手紙には、「父の生前中は皆さま方が自宅に来てくださるたびに、優しく明るい笑顔、温かいお言葉、丁寧な看護に父ばかりでなく私までもどれだけ救われたことか分かりません。おかげ様で父は本人の希望通り自宅で安らかに息を引き取ることができました。深夜でもお電話するとすぐに的確な指示を出してくださり、時にはすぐに駆け付けて様子を看ていただいたことは、いつまでも忘れません。これからも多くの患者さん、そしてご家族の支えになって下さいませ。最後になりましたが心から感謝申しあげます。ありがとうございました。」と便箋2枚にしたためられていた。

訪問看護で看取るということ

Aさんの衰弱が進むにつれ、娘さんの外出も間々ならず、夜間も眠れない日々が続く中で、肉体的、精神的にも負担は多々あったと思う。私たち訪問看護師が関わるのは24時間のうちほんの一部でしかない。

長い時間を共に過ごすご家族の介護が負担少なく、よりよいものになるために、不安に耳を傾け一緒に考えること、時には共感するだけでも、ご家族の精神的な支えになるのだと実感した。

ご家族が安心して介護ができるように関わっていくこと、寄り添うことが訪問看護師の役割であり、今後も主治医をはじめ在宅に関わる多職種と連携し患者さん、ご家族を支えていきたいと強く感じさせられた。

※写真は看護実習風景から。本文とは直接、関係ありません。

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