Archive for the ‘看護師を目指す方’ Category

連載 看護と介護 15の物語 ⑬

2017-10-27

独居生活による困ったこと
~ 井戸が壊れた! ~

健生クリニック(弘前市)・通所リハ 介護福祉士 相馬 美春

通所利用まで

「どうすればいいんだべが?困ってまってさ」とデイケア到着後突然訴えはじめたAさん。Aさんは、80歳代の男性利用者で中学卒業から大工として生計を立てていました。現在住んでいる家も、Aさんが自ら建てたことが自慢でした。6年前に脳梗塞のため左片麻痺となりましたが、近所のスーパーまで一本杖で歩いて買い物に出掛けられていました。

3年前の春に、内縁の妻が病死されてからは一人暮らしとなり生活保護を受給されています。そんな生活の中、徐々にADLが低下してきていても、頑なに「大丈夫だ」と話されていましたが、デイケアを方々から勧められ、やっと3年前の夏頃から利用が開始になりました。Aさんは難聴もある為、自分の理解できないことに対しすぐ怒ってしまう一面がありデイケアでも何度か怒るような場面がありました。

井戸が壊れた

今年春、朝送迎に向かうと隣に住んでいるAさんの内縁の妻の兄弟(以下Bさん)が職員を待っていました。Bさんは、「水でないって昨日から何回も来てさ!何とかして!」と興奮気味に話しており、Aさんも困惑した様子でした。その場では打開策もないためとりあえずデイケアに向かうことになりました。

Aさんは、過去に身内と絶縁しておりすぐ頼れるような人はいない状況でした。さらに、日々の生活もやっとの為、蓄えもあまりないと話されていました。私は、Aさんへ「明日からデイケアもゴールデンウィークで休みになるけどどうしようね…」と尋ねると「あれさ、井戸水なんだよ。枯れたってことはないと思うんだけどなぁ」と話されました。水道であればなんとかなるかと考えていましたが、この時点でAさんの状況を担当ケアマネージャーへ連絡しました。すると、ケアマネージャーからは「状況を踏まえるとショートステイの利用が良いだろう」と説明がありました。しかし、Aさんの短気な性格を思うと、水が出ないことからショートステイを利用することになっても、井戸水の復旧の目処が立たないようでは納得できず、Aさんはまた怒ってしまうだろうと私は考えました。私はAさんへ「工事してもらった会社はどこですか?」と確認しましたが、「どこだったべ?忘れてまった。でもどこでもいい何とかしてほしい」と話されました。悩みましたが、Aさん宅近所の業者に連絡し、自宅で待ち合わせすることにしました。すると偶然にも、Aさんが以前ストーブを修理してもらった業者さんで、Aさんの状況や気性を理解している方でした。それをAさんへ伝えると喜んでいましたが、「すぐに直るかはわからないって言ってたので、ショートステイの利用なども念頭に置いておいてほしい」と伝えました。するとAさんは、「ありがとう、ありがとう」と安心した表情で感謝していました。

私とAさんは、その日の午後に一旦Aさん宅へ向かい業者の方に井戸のポンプ点検をしてもらったところ、古すぎて部品もない為すぐには直らないと説明を受けました。さらに修理となると10万円以上かかるかもしれないと説明されました。

絶縁した親族との連絡

Aさんは、業者の方の説明を受け「んだのがぁ、どうすればいいかなぁ」と途方に暮れていました。Aさん宅で、私も一緒に悩んでいましたが、ひとまずBさん宅へ相談に行ってみることにしました。訪問すると在宅されているような雰囲気もありましたが反応がなく、連休中にAさんの生活上の援助をしてくれるものか不安に思えました。そこでAさんに身内の方に連絡してみることを提案しました。すると「いーよー、でもわかんねな、あんたかけてけ」と話され、Aさんのお兄さんに当たる方に電話をかけたところ、とある女性がでました。その方はたまたまAさんのお兄さんの自宅に遺品の整理に来ていたという身内の方で、Aさんのお兄さんが数か月前に他界されたことをお話下さいました。Aさんの事情を伝えると力になってくれそうなその他の親族の方の連絡先を知らせて下さいました。

そこで次に、Aさんのお姉さんに連絡しましたが、甥にあたる方が電話口にお出になり、Aさんのお姉さんは高齢なので対応はできないことや、Aさんのお兄さんが他界されたことを知らせても連絡がつかなかったこと等、これまでのエピソードをお話し下さいました。今回のいきさつを説明すると、今からAさん宅へ来て頂けることになりケアマネージャーが本人の自宅で甥と面談することができました。加えてたまたま民生委員も訪問され「Aさんがいつも不在だからどうしてるのかと心配したけど、車が停まっているからきてみたの。大丈夫そうでよかった」と話されていました。Aさんは、週3回デイケアを利用されているため民生委員の方も気にして訪問していたがなかなか会うことができなかったようでした。

独居生活の方は、頼れる人が限られるためケアマネージャーと連携し早めに対応することが必要だと感じた事例でした。「どうしよう困った」と話される方へ、「誰かがやるだろう」「自分はその立場ではないはずだ」と考えずにおせっかいな程に、寄り添い必要な援助をすることで、結果としてその人の生活を守ることができるのではないかと思います。Aさんと二人で困ったねぇと悩んだ時間はAさんにとって考える時間となったことでこれまでなんでも一人で行ってきたAさんが納得しやすい状況になったのではないかと思いました。

その後のAさん

その後話し合いの中で、甥っ子さんへAさんの生活状況を伝え、その日のうちにショートステイを利用することとなりました。

現在、Aさんは周りのサポートがあることを実感したこともあり納得され生活されています。

連載 看護と介護 15の物語 ⑫

2017-06-09

患者さんを信じたその先にみえたもの
~背中を押す勇気とタイミングの裏にあったものとは~

藤代健生病院(弘前市) 3病棟 看護スタッフ一同

藤代健生病院は岩木山を望む藤代地区にあり、岩木川沿いにある精神科単科の病院です。「地域に根ざした医療」を胸に、患者様がその人らしく生活していく事をこの地で支えること40年になります。病院も長い歴史がありますが、治療を頑張っている患者様方にも様々なストーリーがあります。
今回は、その中の一人のAさんのお話を紹介したいと思います。

Aさんは、高校卒業後に統合失調症を発症した、60代の女性です。保育士の資格を取り仕事に就きましたが、上手くなじめずに半月で退職することとなってしまいました。家業の跡取りとしての結婚問題に悩み、家出をしたことから今回の入院生活は始まりました。入院してから今年35年目で「超」長期になっています。人生の半分以上を病院で過ごしているAさんは、入院中にご両親との死別を経験し、家業は他の姉妹が継いだために実家に戻れない状況です。入院生活が長くなるにつれ家族とも疎遠となり、Aさんが居ないことで家族が上手く回ってしまっていました。私たちは、そんなAさんと家族のつながりを切らさない為にも家庭訪問を継続してきましたが、現在は唯一の肉親である妹の年1回の面会を待つのみとなっています。このAさんの振り返りから思ったのは、「この入院生活35年間は、Aさんも看護師も『安心できる居場所』を求め、必死に向き合った期間だったのではないか」ということでした。

Aさんは入院当初から、幻覚・妄想と身体化障害により身体の痛みを訴え、唐突な感情の爆発と攻撃をみせ、個室・多床部屋、と転室を繰り返していました。「身体の痛みを通してしか他人との関わりを持てず、それがAさんなりの精一杯の表現と接触の仕方であり、不安になると暴力や怒鳴り込みといった退行的(※1)な手段に訴えるようだ」と当時の看護チームは考えました。人なつこい応対のときもあれば、周りの関わりを全て遮断して受け入れようとする気配すら見せないなど、コミュニケーションを上手くとることができないAさんですが、歴代の担当看護師の根気強い関わりから「自分と相手」という2人の関係を築く力は維持されていました。

その後は精神症状が安定せず、Aさんが好きな喫煙や買い物など嗜好の時間を保障しながら、「他者がいる刺激に慣れてもらうこと」と「決められたルールを守ること」を目標に根気強く関わっていきました。Aさん自身も決められた枠組みを理解し、看護師と共有していくことで「時間が守れたね」「洗濯が出来たね」などという成功体験を積み上げていくことが出来たのだと思います。もちろん、調子が良い日だけがあるわけではなく、叫んだり拒絶したりする日もありました。そのような時は不調を自覚し言葉に出来る様に関わり、理由を明らかにすることが出来なくても「(今日は部屋から)出ない!!」と選択出来ることも増えていきました。

このような関わりを繰り返すこと6年が経過しました。暴言や叫びはあっても暴力をすることはなくなり、個室から多床部屋へ再度チャレンジしてみてはどうかと看護チームは考えましたが、なかなか本人が転室を受け入れません。

自分自身を支えるために定位置にしっかりと根を生やしたAさんには、転室は「今まで育てた安心できる場所を捨てる事」であり、見捨てられるような不安や自信のなさが強かったのだと思います。自分のスタイルへの固執や変化への極端な拒否がAさんのコーピングスタイルであることは分かっていましたが、Aさんにはきちんと創生していく底力があることを信じていた私達は、Aさん自身にそのことを伝え、徐々に大部屋へとステップアップしました。予想どおり大声を出したり、言葉にならない罵声をあびせたりしながらの部屋移動でした。それでも、新たなベッドへ移ってしまうと自ら私物のレイアウトを始めるのです。ライオンの子育てのようですが、患者自身の持っている力を見抜き、信じ、タイミングをみて背中を押してあげることも大切な看護の一つなのだと実感しました。

大部屋への転室は精神面での安定と成長を感じたことで踏み切りましたが、次にAさんに必要なのは「行動範囲の拡大」と「対人関係のスキルの習得」です。

この頃のAさんは、院内の売店に週2回買い物に行く事が習慣となり、それ以上を希望することはありませんでした。竹のように根を深く張り、安心を定位置に求めるAさん。あわよくば地下茎が自然に病棟外に伸び、新芽が出てくれないかという期待と、自信の回復を目的に、病棟での作業療法と朝の病棟集会の参加を始めました。担当看護師との約束事を介しての参加でしたが、「〇〇さんと約束したから」と彼女は大切にしている印象であったと関わった作業療法士は振り返っています。枠組みに一旦填まってしまうと出来てしまうことから、参加回数も増えて行き、それが日常となりました。自ら安心感を積み上げていくことで自分の自信につながったのだと思います。

また、この自信は次へと繋がっていき、「小グループ」に興味を示しました。「小グループ」とは、病棟内で行なっているグループ活動で、同程度の患者様を小規模に集めて、地域へ退院して行く為に必要なスキルや知識を獲得することを最終目標としたものです。そこで院外で買い物をしたり、施設や作業所へ見学にいったり、軽食を作って語り合ったりします。ですが、Aさんは院内活動には参加しても、院外の活動はなかなか踏み切ることか出来ませんでした。「退院するつもりはないよ」と言っていたAさんですが、宿泊型自立訓練施設を見学しにいったことがあります。「きれいでいいとこだったよ」と担当看護師には話すものの、やはり退院は受け入れられないようでした。年単位の関わりでAさんのモチベーションを高めていく事、継続的な支援をしていく事、Aさんに合わせた内容で支援していく事を病棟で確認していきました。

今現在も同室者と適度な距離を保ちながら、多床部屋に定着することが出来ています。現在は病院の敷地内にある宿泊型自立訓練施設への退院を目指し、作業療法棟での作業療法参加と最低週1回の入浴を継続して行うことを目標にAさんは頑張っています。また、それを担当看護師が中心となり看護集団で支えられるように私達も頑張っています。

今後も、Aさん自身のペースで安心できる居場所を保障しながらも、この「超」長期入院という長いトンネルから抜け出して、新たな世界で安心して生活していくことができるように支援していきたいと思います。一節ずつ成長する竹のようにゆっくりと伸びやかに、撓(しな)る余裕も持ちながら、Aさんが地域で生活していくことは、そう遠い未来ではないのかもしれません。

 

※1【退行】 不満なことが起こった時、過去の幼い頃に戻り満足を得ようとすること。表現や行動が未熟になる。

連載 看護と介護 15の物語 ⑪

2017-04-26

母として、妻として… そして家族として

健生病院(弘前市)  高橋 栄子

看護師生活の振り返り

看護師になり、病院勤務、老人ホームや訪問看護を経験してきました。日々、患者様から学ぶことが多いと感じます。病気に苦しむ患者様をお世話する立場にいながら、逆に励まされることが多々あります。

患者様との出会いの日々

現在は病院勤務をしています。7年前、外科勤務をしている時、38歳の肺癌の女性の患者様との出会いがありました。彼女は保育士をしていましたが、長引く咳で最初は「風邪かな?」と思い受診をしたら、肺癌の末期と診断され、1年前に仕事を辞めていました。専業主婦になり、9歳・12歳・15歳の三人の娘さん、大柄の優しい旦那様と5人で暮らしていました。彼女は物静かですが、笑顔を絶やさず、温かい家庭を築いているという印象でした。

彼女は息苦しさが続き在宅酸素療法となり、外科外来に通院して化学療法を受けていました。後に自宅で身の置き所のないくらい呼吸苦が出現して入院となりました。胸腔内にドレーンを留置して、水を抜いてからは、呼吸苦が落ち着いてきたため、入院での化学療法を継続しました。週末には御家族の面会があり、にぎやかで笑いの絶えない家族団欒の一時を病室で過ごされていました。

会話がお互いの支え

彼女の長女は丁度、春に高校入学したばかりで、私の方もその頃長女の高校受験を控えていました。何気ない日常生活の会話が弾む場面もあり、受験生を抱える親の心得を気軽に聞ける間柄になっていました。彼女は子供の受験を経験した先輩として、私に高校の授業時間や授業料のこと、学校行事など何でも教えてくれました。話をしていると会話に夢中になり、ゼーゼーしてしまう場面もありました。

私は娘の受験前で気持ちが落ち着かないことを相談すると、彼女は「親があれこれ心配しなくても、子供はちゃんとやっているよ。」と、その痩せ細った身体でありながら力強い彼女の言葉にこちらが励まされました。

病状の転機

ある日、私が深夜勤務していると、彼女からのナースコールがありました。急いでかけつけると、彼女は全身性のけいれんを起こしていました。脳に腫瘍が転移しているため、けいれんを起こしたのです。すぐに処置室に移動し、主治医の指示で、けいれんを抑える点滴を開始しました。私は彼女の手をぎゅっと強く握りました。私は彼女の不安な気持ちを感じながらも「大丈夫だよ、そばにいるよ。」というのが精一杯でした。点滴して、けいれんは落ち着きました。看護スタッフで話し合い、翌日から2人部屋を家族で過ごす場所として提供することになりました。

願い叶えたい

彼女は病状がいくらか落ち着き、ガンマーナイフのため秋田の病院に行きました。治療が終わり、こちらの病院に再度転院してきた後は、体力が低下して長距離は歩けずにいましたが、「ラーメンが食べたい」と、希望されていました。

体調が良い日を見計らい、酸素ボンベ持参で家族と共にラーメン屋さんへ外出して、帰院した彼女は「いつも行くラーメン屋で、ラーメンを食べてきました。疲れたけど、楽しかった。」と話され、彼女に笑顔が戻りました。

小学5年の三女は体も成長して大きくなってきているのですが、まるで保育園児のように彼女の膝の上に乗り、くすぐりあったりしてじゃれあっている姿が印象的でした。私が「まだ小学生だし、甘えたいところだね。」と話すと、彼女は「お姉ちゃんにちゃんと妹たちのお世話するように話しているから…」と、近いうちに自分の人生が閉じること覚悟していると感じた瞬間でした。時々、彼女の御両親の面会があり、高齢の両親が娘の世話をする機会も作れたと思います。

冬休みになると、子供たちは彼女のベッドを真ん中にして川の字でベットサイドに横になり、旦那様も泊まり込み、彼女に付き添いました。

家族と過ごす時間

食欲が徐々になくなっていく彼女のリクエストで、旦那様がカップ焼きそばやバナナ、納豆巻きなどを差し入れしてくれました。面会の際は慣れない手つきで彼女の身体を拭いたりしてくれました。彼女が旦那様の服が裏返っていることに気付き息をゼーゼーしながら「服、服」と旦那様に話しかけます。 旦那様にお世話をされながらも、しっかり者の妻の一面もうかがえました。

彼女は「クリスマスは自宅に外出したい。」「年末は自宅に外泊したい。」と強く希望されていました。

そんな矢先、「胸がトクトクする。息が苦しい。」と訴えるようになり、モルヒネの持続注射が開始されました。彼女の願いを叶えたいとスタッフ間で在宅療養の方向で話し合いが始まりましたが、モルヒネは減量できず、「胸がトクトクするって言っています」という旦那様からのナースコールがあり、頻回にモルヒネの調整が必要でした。

主治医から旦那様にこれから起こりうることとして、病状的に化学療法は見合わせ、心臓や呼吸が苦しくて、今後はベッドから起き上がることはむずかしく、このまま病室で過ごすことになり、看取りの段階に入ったとお話がありました。

彼女は数日後には、声掛けにも閉眼がちとなっていきました。訪室した時に旦那様がずっと彼女の手足をさすりながら話しかけていました。旦那様は「子供たちには反応するんです。手握ってとか、足をさすってとか。急に起きて、子供たちを見てまた眠るんです。夫には反応しないのにね。子供たちの力って強いですね。こうやってそばにいることができて、本人も幸せだと思います。」それを聞いた看護スタッフは、必死で涙をこらえていました。スタッフ間でも本人の状態だけでなく、旦那様の疲れはどうか、子供たちのメンタルはどうかという情報を共有し、ケアにあたりました。お話を傾聴したり、個室を使って頂くことで最後までご家族の時間を大切にして頂きたい旨を看護長がお話ししました。

彼女は十二月下旬になり、経口摂取も難しくなり、寝たきりの状態となりました。家族でクリスマスを迎えた後、旦那様や子供たちが見守る中で、年末に静かに息を引き取りました。

私がちょうど日勤で出勤したタイミングでした。旦那様は私が出勤したのを見つけ、私の方にきて「今、家族そろって妻を見送ることができました。妻は日頃、高橋さんが一番話しやすかったと言っていました。」と泣きはらした顔で話されました。その言葉が一番心に残っていますし、看護師として少しでも役に立てたと思うと私の誇りです。

これから先、夫婦で子供の成長を見届けるはずだった彼女の無念を思うと心が痛みます。治癒の見込みのない重篤な病を罹った絶望感や悲しみは計り知れません。でも、病室にいながら家族と共に過ごした時間はかけがえのない時間を提供できたのではないかと思います。大切な人と共に限られた時をどう過ごすか、痛みや苦しみを和らげるために家族の愛や寄り添いはとても大切です。また、患者様を看取った後はデスカンファレンスなどをして、対応したスタッフの想いを話し合うなど医療者側のグリーフケアも必要です。

つながっていく思い

患者様は一人一人違った環境の中で暮らしています。家族・兄弟・友人のようにはいきませんが、できるだけ患者様に寄り添い、信頼関係をつくれるような看護をこれからも目指していきたいと思います。

« Older Entries
青森県民主医療機関連合会
【青森事務所】〒030-0822 青森県青森市中央3丁目10-2 中部クリニック2F 電話017-723-4076
【弘前事務所】〒036-8203 青森県弘前市本町95 丸二ビル1F 電話 0172-34-5455

Copyright(c) 2012 AOMORI MIN-IREN All Rights Reserved.