無保険の方を通じて感じたこと

青森市おおの地域包括支援センター
社会福祉士 菊池 一文

【基本情報】  Aさん

性別:男性          年齢:70代
保険:無保険  知的・身障・精神:なし   介護保険:未申請

【病名・病歴・心身の状況】

病名: 不明     既往歴: 椎間板ヘルニア術後
ADL等: 右足首骨折
移動;這って移動  食事;自立  整容;一部介助  更衣;自立
入浴;全介助  排泄;一部介助(居室内バケツに排泄)

【生活歴】

妻とは何十年も前に離婚し、子供や親戚との交流もない。仕事は郵便局に勤めた後、製菓会社や塗装業者など全国を転々としていた。生まれ故郷であるB市に戻ってからは、現在の貸家からC会社へ勤務していた。Aさんが55歳前後のときC会社が倒産し、夜逃げされたのちは、仕事らしい仕事にも就けず、ほぼ無職で現在に至る。

【家族・住環境の状況】

一軒家の貸家。築30年以上は経っていると思われる。住宅改修はされておらず、段差も多い。照明も暗い。掃除は殆どされていない様子。居室内は猫を飼っていることもあり汚れている。

【経済状況】

  • 基礎年金+厚生年金で11万円/月程度
  • 介護保険料5000円/月程度(年金から天引きのため滞納なし)
  • 家賃は6万円/月で1年分程度家賃を滞納
  • 住民税の滞納があり2000円/月の返済
  • 国民健康保険未加入

 【Aさんとの出会いと支援内容】

Aさんは貸家で独居生活を送っており、妻とは数十年前に離婚、子供や親戚との交流もない方である。50代で勤務先が夜逃げ同然に倒産し、保険移行手続きがされなかったことをきっかけに無保険になってしまった。

冬準備のため庭木の剪定をしている際に脚立から転落、右足首を強くひねり、夜も眠れないほどの激痛だったが、無保険だったため病院受診は諦めておりただひたすら耐えていた。2週間以上たっても痛みは和らがず、どうにも我慢できなくなり「松葉づえを貸してほしい」と市役所へ電話が入ったことでケース把握し、青森市の保健師との自宅訪問につながった。

訪問して状況把握する中で骨折の疑いがあったため、病院受診を勧めるが頑なに拒否。Aさんは国民健康保険に加入すると、滞納保険料の支払いを全額求められると考え、「住民税の追納分も含め、借金を抱えてしまう」という思いが強かった。国民健康保険は相談すれば支払い可能な金額で分割納付ができること、骨折が疑われるので病院受診が必要なことを辛抱強く説得し、何とか同意を頂き救急搬送を行った。

検査結果、右足首骨折と診断されたが、無保険である事に加えAさんの強い希望もあり、入院することなく、同日ギプス固定で自宅に戻られた。Aさんは独居で日常生活全般に援助が必要なため、介護保険の代行申請を行い、担当ケアマネージャーを調整し、松葉づえのレンタルとヘルパーによる通院介助等の暫定利用を進めた。

また、国民健康保険に加入するため年金事務所、国保課窓口等へ同行した。制度上、無保険者が国民健康保険に加入した場合、過去にさかのぼって3年分の保険料を納付することとなるが、Aさんは住民税や家賃滞納があるため、一括納付は勿論、定期納付も難しい状態であった。そこで、毎月定額の分割納付相談を行い、毎月2,000円の保険料納付であれば生活を圧迫することなく、納付できそうだという結論となった。

現在Aさんは国民健康保険に加入し、自宅で介護サービスを受けながら独居生活を継続されている。

【Aさんの想い】

  • 自宅内を歩いて移動できるよう松葉づえを借りたい。
  • 1人で通院するのが難しいので、移動の支援を受けたい。
  • 現在の住まいでこれからも生活していきたい。

【課題】

  • 国民健康保険加入の機会が本人の意思に反して奪われている。
  • 無保険のため、高額な治療費を請求されるという思いからAさんは病院受診に強い抵抗を示している。
  • 独居生活のため、日常生活援助をしてくれる方が不在である。

【ケースを通じて感じたこと、伝えたいこと】

Aさんは無保険期間中に「このままではいけない」と真剣に国保加入を考え、勇気を振り絞って国保課窓口へ相談に行ったことがあった。しかし、窓口担当から「保険に入りたければ、今まで滞納している保険料を一括で返済せよ」と一方的に言われ、そこから行政に対する不信感が芽生え、絶望と諦めの感情から以後相談できなくなってしまった。

C会社が倒産した際に、Aさんの健康保険引継ぎの手続きの説明を行わなかったのも悪いが、国民健康保険加入の意思を示している方に対しては、その機会を逃さず、懇切丁寧な説明と本人の支払い能力に応じた追納が可能であること行政の責任で行うべきで、今回のようなケースは重大な権利侵害と感じる。また、Aさんのように社会保険から民健康保険にうまく引き継げなかったケースを行政が把握し、国民健康保険加入を支援するシステムがあれば、無保険で苦しんでいる方々の受療権を守ることにつながるのではないかと思う。

すべて国民は病院を選択し、受診し、療養する受療権が認められている。これは無保険でも同様であると考える。行政が未加入者の保険加入の機会を逃さず、しっかり親身になって相談に乗ってくれれば、Aさんの今の状況は変わっていたと推測できる。また、国保窓口がだめでもどこかほかに相談する場所があればこのような結果にならなかったかもしれない。

Aさん同様のケースが全国や県内のあちこちに埋もれているのではないかと想像し、今回の報告を通し多くの職員の皆様の気づきになればと考えている。

※看護実習風景(写真は本文とは直接、関係ありません)

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